最終章「新時代」



 その文化は絶えず重なり取り込まれる形で生き延びて行く以上何も恐れを抱く必要はないのかもしれない、争い虐げ続ける人間同士の文化のぶつかりに比べれば、それは穏やか過ぎる接触なのだ。
 私はうったえたいのだ、この魔物と呼ばれる存在には我らを滅ぼすような事などはないのだと、お互いを必要とする雌雄であるかのように我々と彼等は存在するのかもしれないと。
 だから私はもっとサンプルを必要とするのだ、怯える必要などないと皆が思える結果を導き出す為に……


 その戦いを何と形容しよう、幾体もの触手がうねりそれを飲み込むように巨大化したスライムが押し潰す。
 その両者が発する大量の液体が相手を溶かし、焼き、蒸発させている。
「見ているだけでは……役立たずだよね」
 どちらが優勢かは見ようによっては変わる所だろう、触手はその本数を減らしても動きスライムを分断している
「私だってねぇ……昔は……」
 分断されたスライムはそれぞれの単体がはじめからそのサイズの生き物であったかのように自分を分断した触手に取り付いてそれを焼いていく
「私は……まだ……生きてますからね……」
 露葉がやって来た時には、両者ともその質量を半分以下にまで減らしていたのだから双方共倒れの一歩手前と言う所だろう
「加勢しますわ、私が!」
 与えられた筋力全てを使った跳躍と指先を鋭利な刃物にしての攻撃を
「お助けします!」
 そして……勝負は付いた……

 雨が降っていた、学校前に設営された指揮所では内部からの連絡がと途絶えた為に二次攻撃の為の手筈を進めていた。
「まさか……綾乃が帰って来ないとはな」
 コマンダーの表情には惜しいというような色はない、が作戦の見直しと長期にわたる市街立入制限にやきもきしているのがたばこの量でわかると言うものだ
「明朝を持って第二次攻撃隊を投入する、各自それまで待機!」
「待って下さい!コマンダー」
 命令を下して立ち上がろうとした彼を一人の婦警が止た
「なにか?」
 それに答えるよりも先に指差した先、校門に
「お?……あれは……」
 一人の女性がトボトボと歩いて出て来る所だった
「流石……生還率100%の女か」
 綾乃を確認した者達が一斉に彼女に駆け寄って生還を称える、その人ごみに揉まれながらコマンダーの前までやって来るのだ。
「任務完了……帰還しました」
 虚ろな表情に涙を流し続けている綾乃を見上げながら
「ご苦労だった、もう中には敵はいないのかな?」
 ミッション終了時には涙の中に報告をすると言われている綾乃を目の当たりにする、そして彼女はいつも一人で帰って来ると
「他の生存者は?」
 淡々と、涙意外の感情を隠すように報告は続くのだ
「危険は去ったと見ていいのだな?」
 ひととおりのコマンダーの望む報告が終ると
「なにか欲しいものがあるのか?」
 コクリと頷き
「今夜は……休暇を下さい……」
 それだけ言うとその場を去っていく
「人付き合いの下手な女と言うのは本当らしい、予定を繰り上げるぞ! 今から第二次攻撃隊を突入させる、中の施設及び生存者全ての確保が目的である、敵はない安心して行って来い!」
 突入部隊が集められ学校の中へと突入したのはそれから5分後だった。

「ここで……待っていればいいのよ……」
 何度目かの独り言だった。
 誰も入る事を嫌悪するような繁華街の裏手、闇の集う場所
「ここで……」
 綾乃は待っていた、いつまで?いつから? もう考えない、だた焦燥感があった
「ホントに……帰って来てくれない気じゃ無いでしょうね……嫌ですよ……私……私……」
 今彼女を目撃したものは彼女の任務の為なら仲間を切り捨てる事もいとわない非情な女と言われてるとは思わないだろう、まるで捨て猫のような表情で今にも泣き出しそうな彼女を……
「私……死んじゃうんだから…………ああん……」
 突如、股間を抑えて泣きそうだった顔を赤らめる
「お帰りなさい……ご無事でなによりです……」
 ようやく綾乃の表情から不安の色が消えた。




「もう、学校じゃ無いのね」
 今まで教室として使われていた部屋達の有り様に千草は絶望を感じないではいられない
「学校中が保健室のようね……」
 いくつも持ち込まれている研究用の器材と消毒液の匂いが充満して学校と言うよりも病院だ
「保健室よりも衛生的だと思うわよ」
 看護婦が何気なく答える、千草の身体を検査しているのだ
「衛生的でもね……」
 看護婦にとって検体はあくまで検体だ
「異状がなければ普通に生活する事も出来ます、まあ監視の目は付きまとうかもしれないですけど」
 それが嬉しい事なものかと思う
「おい!あれは?」
 看護婦の注意を外に向ける
「ああ」
 医者かなにか知らないが大型犬を連れて歩いていた
「何処が衛生的だって?」
 機嫌が悪いのはしかたない、教師は夢だったのだから……
「いきんで下さいね」
 そう言って看護婦の支持を受けるとその通りにする
 パキャ……
「あぐ……」
 お腹の中で砕ける音がしてぬるぬると何かが這い出て来る感触がある
「産まれましたよ、大きなお子さんです」
 冗談にもならない事を行ってくる。
「それどうするんだよ?」
 看護婦は慣れた手つきでそれをケースに納めると
「研究される事になりますね、もう卵は胎内にないのであなたはしばらくの投薬で元に戻れますよ……」
 にこやかに言うその顔が触手よりも無気味だと千草は思うのだった。






「まだ……戻って来れないのかしらね」
 睦美はその日の夕食を準備しながら、今日も座る者無い席の前にも余分に作ってある
「お父さんの出張も伸びてるけど……」
 警察が言っていた
『しばらくは何が起こるかわかりませんし、出来るだけ外部との接触は避けてもらいますから』
 その外部に夫が入るのだと最近痛感した
「公務員じゃ無かったはずなのにね……お国に決められてしまうのね」
 学校跡地に出来た何かしらの研究施設は表向きと違い今まで通りと同じように生徒が通学している、入ってからしてる事は研究と言う名のモルモットだろうが……
「舞華だけ……帰って来ないのね」
 他の生徒は帰らされて、毎日通うだけで良くなっているのに
「舞華は……始まりだからって、それにあの中でも動けるようになっていた」
 気配がした
「ん? 帰ったの? 舞華?」
 部屋の隅でそれは動いていた
「まさか……」
 嫌な想像と言うものは何故当たるのだろうと何処かで聞いた事がある
「いやぁああああああ……あぐぅぷ」
 叫ぼうとした口は触手によって塞がれた、うねる触手の数本が素肌の上を這い回り睦美の四肢を抑え込むと這い付くばらせる
『何? 何故!? どうして!?』
 塞がれた口の奥で必死に疑問を口にして叫ぶ、その言葉は声になる事も無く空しく消えていくのだ
『ひゅ!』
 侵入は想像以上に太いそれであった。
 その魔物は身体の中央にある大きな排卵管を突き刺して子宮の底へと伸ばして来る
「あ……また……こんなぁ……」
 もう叫ばれる事が無くなったと見たのか
 ポコリ……ポコリ……
 と卵を産み付けていく
「ああ……こんな……あぐ……まさか……ああ……これが……」
 堪能に弱いと自分でも思うのだ、その中でもいまされてる行為がおそらくは舞華を襲った事象であることは理解出来た
「あの子の傷み……」
 睦美は同じ痛みを家族で感じていたいと思っていた、娘に対する懺悔の気持ちがあったのだが
「あああ……これは……あああああああああああ……お腹がぁ……」
 感じて果てる、その繰り返えしが行なわれていた学校の中に戻ったような気がした
「あん……」
 しかし……その触手は最後まで睦美をイかせることなく離れた
「え?」
 今まで気が付かなかったが、それは重傷のようだった
「死にそうなの? そうなの?」
 迷った、どうするべきか? 今このままほっておく事も出来る、研究所に連絡する事も、警察を呼ぶ事も
「どうしましょう……」
 しかし。睦美にはどうするべきか答えは決まっていたのだ。



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「ただいまぁ」
 美香は今日も元気よく帰って来た
「お母さん! お姉ちゃんは帰って来たの?」
 これも毎日の日課になった質問だった
「あなたの方が同じところに行ってるのでしょう? 私は自宅でいいと言われているんだから、わからないわ」
 そしてそれがいつもの返事とトーンが違う事に気が付いたのも日常化していたからこそだ
「何があったの? お母さん?」
 母の挙動が不審だった
「何も無いわよ、さ、手を洗ってらっしゃい、ご飯にしましょう」
 作り笑い、高揚した顔……何処かで見た覚えがあった。
「お母さん? まさか……変な生き物拾って来たりはしてないわよね?」
 美香は家族の中で一番目敏い娘だった。
「う……拾ってはいないわよ……拾っては」
 母のうろたえ方が全てを物語っていた
「お母さん、研究所に連絡するからね」
 自分の携帯を鞄から出す為に後ろを向いた時結果は決まってしまっていたのかもしれない。
「きゃぁ! お母さんなに馬鹿な事してるの? 放してよ! バカァ」
 後ろから抑えた母の股間から伸びた一本の触手はその先端を美香の股間に伸ばしていた。
「ひゃぁあ! いやぁああ! お母さん正気に戻って! もう何の為に薬打ってもらって癒してるのよ! お母さんのバカァ」
 足をジタバタさせながらも必死で抵抗する美香を
「これで舞華と同じになれるわよ……ね、家族ですものお姉ちゃん一人辛い思いをさせちゃダメよね」
 説得しているようだった
「なにを言ってるのよぉ ひゃぐん……」
 下着が引き下ろされて今度は直接性器を嬲られて
「いやぁ……お姉ちゃんだって、癒るんだからこんなの……ああああん」
 薬の投与を受けているとはいえ体内に蓄積された媚薬の量がまだ多い二人にはあっという間に監禁状態を再現していく
「ああ……あん……」
 この世は快楽が支配するのだった




「妹さん、今日は来なかったらしいわ……」
 メガネの向こうで面白い事を言ってるでしょうと自慢気に研究員が言うのだ
「どうなってるの? まさか」
 その事を聞いてじっとしていられる舞華ではない
「動いちゃダメよ、今大事な実験中なんだからね」
 舞華にもよくわかる、人体実験という奴だ
「いい加減にしてくれないかな?」
 身中至る所の筋肉に電極を繋げられて力が出ないようにされている
「仕方ないでしょ? あなたの様なサンプルは望んでも滅多に手に入らないんだから」
 そう言われて何日も実験され続けていた
「今日はこのサンプルDから接種した精液をあなたの胎内へ、人工授精させるわ、何個の卵を産むかしら?」
 面白そうにそう言いながら
「それは……止め……ぎゃ!」
 止めさせようと暴れるそぶり一つで電極から電気が流れる、それで反逆はおしまい
「はい、入れるわよ」
 簡単に子宮を開き、そしてその奥へと精液を入れる、流れるように作業を行なう研究員を舞華は睨む事しか出来ない
「お願い……止めて……子供が……産めなくなっちゃう……」
 涙を流す、この前千草に言われた事が頭を過るのだ
「ああ、気にしないで、遺伝子レベルで君の身体は変更されてる、卵の保育用に使われた他の子と違って君に普通の生活はもうありえないから、まして普通の恋なんてもう出来ないの、あなたにあるのは細胞の一片すらも研究対象としての生涯だけよ」
 何となくはわかっていた
「そうなの……やっぱり」
 言われて初めてショックな事もあるのだと……
「あなたの妹も何かしらのトラブルが発生したのだとすると、まあ削除対象かな?」
 そしてその言葉の方が舞華には利いたらしい
 バキィンッ
 その場にあるいくつもの計器が吹き飛ぶ
「きゃぁあああ……ちょっと……まってよ」
 そのあおりで倒された研究員はその場で後退りながらうろたえている
「美香も……お母さんも……やらせないわ、絶対に!」
 怒りの表情はある意味こんな研究をする為に人権を無視する人間に向けられているようだった
「私は言われてしてるだけよ、ホントよ……」
 今にも殴りかかりそうだった舞華も哀れなものを見るような視線になると
「私帰るわよ、いいわね」
 研究員は頷くしか無い
「じゃあ」
 代行者の力を思いきり開放して瞬時にその場から消えて見せる
「何処へ行く気かしらね……」


 久しぶりの外は舞華にとって見違える空間だった
「私は……自由だ」
 空に舞うように飛び、筋肉は限界を知らないように何度もその空を与えてくれる
「これから……どうしようか? もうなにが普通か思い出せないよ……お母さん……美香……」
 そして……



 犬が喋っていた
「まったく、人が悪いぜお前は」
 研究員はゆっくりと起きあがると脇に来ていたその犬に
「え? だって彼女の力はこれからの彼等と人間にとっても必要な物だわ」
 逃がした事を肯定していた
「まあいいけどな、今日はここでしたい気分なんだろ?お前はよ」
 クスクスと笑うと
「わかる?」
 白衣を脱ぎつつ足を開いて
「四つん這いになるわ……」
 獣型の魔物は研究員の上へとなれた足取りで繋がっていき、研究員もノートを開いて打ち込みをはじめる……



[闇の住人がこの世界に姿を表すようになっていったいどれほどの時間がたっているか正確に言い表す事の出来る人は少ない。
 なぜなら、それはある日突然我らの前に居て、その事を知った多くの人にとってそれは口外無用の事象になる、あるものは飼い馴らされ、あるものは精神を食らわれ、あるものは彼等を増やす為の苗床となる。
 だれもその事を口にしないから、それらはいつの間にか禁忌となる過去において妖怪と呼ばれ現代においては都市伝説へと変わっていく、それらは根も葉もあって語られ、そして恐怖の対象として存在しつづける。
 そう、彼等のとって私達人類の多くは無力なる存在でしかない、今はである……事象が集積し特異点を洗い出し、一つづつ日の光を当てていく、そういう活動がようやくはじまった……

 これから語られるレポートはその事象の一つを紹介したものだ、白日にこの事象を曝す事によって不要の恐怖を取り除きたいと私は考えている……]




終り