亡霊の住む家 1

『長女・由佳 @』

「ただいまー」
 無人の家に、長女の由佳の声が響いた。
 待ち望んでいたその声に、私は存在しないはずの目を爛々と輝かせた。
 ただ待つだけの無為な時間が、やっと終わりを告げたのだ。

 壁抜けや浮遊など、幽霊など自由自在の身分に思えるだろうが、これはこれで不便なものだ。
 例えば次女や三女の日記を覗こうとしても、光が射さない物は見えない。
 そして今の私は、本の表紙をめくる事すら出来ないのだ。
 箪笥の中すらはっきりと見ることは出来ないし、本棚の本もさえ読むことが出来ない。
 そしてこの家への強いこだわりに縛られている私は、家から出ることが出来ないのだ。自縛霊……と、言えば良いのだろうか。
 それどころか、一階にすら降りることが出来ない……行こうとしても、何か見えない壁があるように進むことが出来ないのだ。
 簡単な心霊現象なら起こすことが出来たが──それで今までの入居者達を追い出してきたのだ──格好の獲物達を逃がしてしまっては元も子もない。私は少なからず、焦っていた。

 由佳は靴を脱ぐと、すぐさま階段を登り、自分の部屋へと向かった。
 私ももちろん、そのすぐ横をついて行く──無論彼女は、気付かないが。

 
 ドアを潜り抜け、由佳の部屋へと入る。由佳はベッドにカバンを投げ出し、ふう、と息をつきながら制服のスカーフに手を掛けていた。
『おっ……!』
 お楽しみの時間の始まりだ。この家に住む女達の着替えを、私は思うが侭に鑑賞していた。 
 ……この一家が越してきてからは、まさに至福と言える日々が続いていたのだ。幽霊になった自分が言うのも妙な話だが、神にでも感謝したい気持ちだった。

 するり、とスカーフを抜き取り、ファスナーを下げて白い上着を脱ぎ捨てる。純白のブラジャーが目に焼きついた。
 下着の上からでも、その形の良さが良く分かる。何度見ても、息を呑むほどに綺麗な胸だった。
 そのまま由佳はスカートのボタンに手を伸ばし、何のためらいも無くスカートを脱ぐ。意外なほどあっけなく、由佳のセミヌードを拝むことが出来た。全く踊りだしたい気分だ。
 ──まあ、これで一階に降りることが出来れば、女達の入浴や排泄の瞬間も、つぶさに見ることが出来るのだが……。
 二階のトイレを、部屋数が足りないからといって子供部屋に改築してしまった先の持ち主を、私は改めて呪った。

 だが、希望はあった。

 最初私は、自殺をした部屋──現在の親達の寝室を出ることすら出来なかったのだ。

 それが、ある夜の出来事を境に変わっていた。
 仕事帰りがいつも遅く、しかも性的に淡白な父親──竜治が、この家に越してきて唯一行った夫婦の営みの夜だった。
 まだ年齢を感じさせないほどに若々しい母親──法子(のりこ)の乱れる姿を間近で拝んでいた私は、彼女のアクメの瞬間に電気のショックを受けたように打ち震えた。
 性合の部分を目の前にしていたのが幸いしたのだろうか──私は、どうやら生者のエナジーを喰うことが出来たようなのだ。
 それ以来、私はあの部屋を離れて、建物の二階の部分を自由に行き来出来るようになっていた。

 だがどうやら、生者の近くにただいるだけでは大したエナジーは得られないらしい。
 現にその日から今までの2週間、私の行動範囲に大した変化は見られなかった──階段を、半歩分だけ降りられるようになった程度だ。
 壁だろうが床だろうが天井だろうがお構いなしのはずの幽霊に妙な話だとは思うが、どうやら生前に持っていたイメージ──床など通り抜けられるはずが無い、という──が邪魔をしているようなのだ。
 壁抜けは、床抜けよりは想像し易いので、エナジーが付いたら出来るようになった──そんな感じだろうか。

 だから、私はある計画を実行しようとしているところなのだ。まさに、今。

 淡白な父親は、それ以来性交渉を行っていない。仕事で体力を消耗し、それどころではないようだ。
 またあの夜のような出来事を望めないならば──自分で、仕掛けるしかない。

 だが、それを計画するには、もう一つの事に気付くことが必要だったのだ。
 つい昨日の出来事だ。
 私は彼女達の部屋での日々を眺めながら、彼女達に何も出来ない事に悶々としていた。
 基本的に暇であることも手伝って、私は事ある毎に彼女達に声を掛けていたのだが──。

 聞こえるはずの無い声に、彼女達が反応しているらしいことに気が付いたのだ。そう、まるで催眠術のように……。

 これが本当なのか、それとも単なる偶然か──今、私は、それを試そうとしていた。

 部屋着に着替えた由佳は、ベッドに寝転がって雑誌を眺めている。
 私は由佳の耳元に、そっと口を寄せた。



『由佳……お前の身体は、疼いていく……』

 楽しみにしていた月刊誌をやっと手に入れ、由佳はご機嫌でお気に入りのシリーズ特集を読んでいた。
 だが……。

『徐々に徐々に、熱く疼いていく……』

 数分もしないうちに、奇妙な変化が起き始めているのに気が付いた。
(あれ……何か……)
 身体が、火照ってきているようなのだ。何かムズムズする。

『欲しいだろう? めくるめく快感が……気持ち良く気持ち良く、なりたいだろう?』

(変だなぁ……)
 いつもはこんな事ないのに。由佳は軽い戸惑いを振り払うように、目の前の記事に集中しようとした。

『そんな雑誌の記事など、頭には入らぬ。もうお前の身体は、目覚め始めているのだ……』

 しかし、異変は一向に治まらない。それどころか、段々強くなってきているようなのだ。
(やだ……なんか、暑い……)
 ワイシャツのボタンを一つ外し、ぱたぱたと仰いで熱を逃がす。 

『そんな事をしても無駄だ。鼓動もどんどん速くなり、息も段々乱れてくる……』

 でも、全然涼しくならない。それどころか、どんどん暑くなっていく。吐く息が、熱い。

『ほれ、火が点いた。もう消えはしないぞ――熱く熱く、熱く熱く、燃え上がれ……』

「……もうっ!!」
 由佳は身体の火照りを振り払うようにベッドから飛び起きた。部屋の温度が急に上がったみたいに、薄く汗をかいている。
(なんなの、もう……っ!)
 原因不明の動悸に苛立ち、その苛立ちをぶつけるように、勢いをつけて学習机の椅子に倒れ込む。

『無駄だ、由佳。もうお前はその欲情から逃げられない……』

 机の上に雑誌を広げて読もうとするが、集中できない。まるで酷い風邪にでもかかっているように、朦朧としてきている。

『くくく、お前よりも身体の方が素直だな。気持ち良くなりたいと、ほれ、正直に言っている』

 手が、無意識に、足の付け根に伸び始めているのに気が付いて、由佳は慌てて両手で雑誌の両端を握り締めた。
(な……っ、何やってるのよ、私はっ!!)
 由佳は自慰という行為に、激しい嫌悪感を持っていた。
 経験が無いわけではないし、その快感の凄さも知っていたが、成績優秀・品行方正な由佳はそれ故にその行為にのめりこむことを恐れたのだ。
 以来、由佳はここ一年以上自慰行為を行っていない。
 時折悩ましい疼きに苛まれる事もあったが、嫌悪感と未知の領域への恐怖がなんとか彼女の精神を支えていた。

 ……だが、今日の欲情はいつもの疼きの比ではなかった。

『そらそら、熱いだろう? 疼くだろう? もう他の事など考えられぬ。欲しくて欲しくて、堪らない。さあ、力を抜いて、欲求に身を任せるのだ』

「く……ぅ……っ!」
 雑誌を握る手が、ぶるぶると震える。もう由佳は動くことも出来ずに、狂おしい欲求に耐えることしか出来なくなってしまっていた。
 服の中で、下着の中で、両方の乳首が少しずつ尖ってくる。そして……
(あ……!!)
 じゅん。
 熱い熱い、マグマのような、欲求。
 由佳の秘裂が、熱い雫を垂らした。

『おやおや、濡れ始めたようだな。乳首ももうピンピンだ。くくく、いつまで耐えられるのか、楽しみだな』

「う……うぅぅ……ッ!!」
 くしゃっと、両手の中で雑誌が潰れた。固く閉じていた両脚が、少しずつ少しずつ、開いていく。
 膝丈のスカートの奥に息づく大事な部分が、ゆっくりと姿を現し始めた。
 もう呻き声を押さえることが出来ない。
 頭の中が、真っ白になっていった。

『おやおや、そんなに脚を開いて、はしたない奴だ。ほれ、パンティーに染みがついているぞ。淫乱な奴だな』

「あ……あ……あ……っ!!」
 しどけなく開いた両脚。がくがくと震える身体。
 もう何も、考えられなかった。

『気持ち良くなりたいだろう? もう限界だろう? 今なら家に誰もいない。声が出ても誰も気付きはしない。ほれ、ほれほれ……』

 びくんっ……びくんっ……
 快感を欲して、身体が仰け反る。



『さあ……』

 つうっ、と、快楽の蜜が腿を伝い落ちた。
 つま先立ちになっている両足が、ぴん、と突っ張る。

『堕ちろ』

 びくん……っ!!
「もぅ……っ、ダメぇ……ッ!!!」
 狂おしい欲求に弾き飛ばされるように、遂に由佳の理性は、欲情に屈してしまった。
 ばっ、と、弾かれるように由佳の右手が股間に飛び込む。左手は、既にビンビンに屹立している左右の乳首へと向かっていた。
「ひぃ……っっっ!!!」
 指がパンティーに覆われた、秘裂へと届いた瞬間。
 由佳はそれだけで、激しい絶頂を迎えていた。

「……………………………………っ!!!!!」

 びくん、びく、びくんっ!
 由佳の身体が、若鮎のように跳ね上がる。
 その表情には嫌悪も後悔もなく、ただ喜悦に彩られ──悲しみではない、女の悦びの涙を流していた。



 亡霊の住む家 2 に続く



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