『虜牝』




「うっ、ううん……」
 洞窟の中に、少女のくぐもったうめき声が反響する。
 岩壁に背を預けて腰を下ろした少女は、グッと歯を食いしばって全身に力を込める。
 それに合わせて少女の大きく開かれた脚の間、秘めやかなピンク色をしたクレヴァスが、内側からググッと盛り上がる。
「はああっ、も、もう少し……」
 手応えをつかんだ少女は、それを逃がさんとばかりにいよいよ力を集中させる。固く目をつぶって必死にいきみながらも、無意識に一定のリズムで深呼吸を繰り返すのは、この行為を何度となく繰り返すうちにもっとも身の負担を軽くする呼吸法を自然と身につけてしまったためだ。
 まだあどけなさの残る顔立ちである。だが、その一方で紅潮した顔にじっとりと汗をにじませて喘ぐその姿は、女としての生々しさも漂わせていた。
「うむむ……くうう……」
 そして格闘の末、少女の柔肉がキュウーッと押し広がり、なにかが頭を覗かせた。胎内から吐き出されたそれはズルリ、と柔らかな苔の上に落ちた。同時に少女の体からドッと緊張が解けた。
 それは卵だった。ちょうど人間の胎児なら頭部ほどであろうか、かなり大きめの卵である。肌色の殻をテラテラと粘液にぬめらせたその姿は不気味としか言いようがない代物だった。その横には同じく産み落とされたばかりであろう、いまだ粘液の乾ききっていない同じような卵が二つ並んでいる。
 少女は先ほど紛れもなく自分の体から産まれた卵たちを複雑な目で見た後、ほんの少し前までそれらが育まれていた自分の腹部に視線を落とした。
「ああっ、ダメ……まだ産まなきゃ……」
 少女の腹は以前として産み月を迎えた妊婦のような見事な曲線を描いており、出産、いや産卵の前に比べてもやや小さくなった、程度の変化しか見せていなかった。3つも産んでいてこれなのだから、いったいこの小柄な少女の子宮の中には、いったい幾つの妖しげな卵が息づいているのか。
 それでも少女は疲れた体に鞭打って、人ではありえないはずの産卵作業を再開するのだった。


 少女の名はニナという。
 だが、すでにそれはもうどうでもいいことだった。
 彼女の名を、いや、それ以前に彼女の言葉を理解するものはこの場にはいないのだから。
 うっかり山奥まで足を踏み入れてしまい、モンスターと遭遇した時、ニナの短い人生は終わるかのように見えた。
 だが、己の死を感じる前に気絶してしまったニナに待っていたのは、ある意味死よりも過酷な生だった。
 ニナに「雌」を感じ取ったモンスターは、彼女を一食の足しにするよりも、繁殖のパートナーにすることを選んだのである。
 それ以来、何処とも見当もつかぬ巨大な洞窟の最奥部が、ニナの世界の全てになっている。
 幸いなことにここの地質は特殊な鉱物でも含んでいるのか、岩壁全体が淡く発光しているので闇による恐怖はなかった。
 だが日光の届かない昼も夜もない生活は、ニナに時間の感覚を完全に喪失させていた。
 自分がここに「飼われる」ようになってからどれほどの時が流れたか今となってはさっぱり見当もつかぬまま、ニナはただ成す術もなくその瑞々しい肢体をモンスターの繁殖に供し続けていた。


「ハアッ、ハアッ、ハアッ……」
 湯気が立たんばかりに全身汗びっしょりにして、ニナは肩で大きく息をした。
 あれから長い時間をかけ、産み落とした卵は合計で9つを数えていた。
 最初の3つに比べて次の3つは倍近い時間がかかり、その次の3つはさらにその倍近くの時間を要した。何度も歯を食いしばってはいきみ、全身をキリキリと収縮させて、ようやく今9つ目を押し出したのである。少女の華奢な身体の中にこれだけの卵が詰まっているのは驚異的な感すらある。しかも、まだ胎内にはいくつか残ったままである。
 卵だけでなく、ニナの内股も粘液でベトベトだ。まるでへその緒のように、今しがた産んだばかりの卵と秘裂の間に粘っこい透明な粘液が橋を架けていた。
「ハアッ、ハアッ、ふう、だいぶ楽になった」
 身体はクタクタに疲れきり、それでも満足そうにニナは額の汗をぬぐった。先程まではアンバランスなほどだった臨月腹も、今はいよいよ腹が膨らみ始めたばかりの妊婦のようにおさまっている。それと同時に、身動きさえ辛く感じるほどのあの強烈な圧迫感も劇的に解消されていた。
 繁殖のためだけに生かされ、養鶏所の鶏さながらに慢性的に腹に巨大な卵を抱えているニナは、常に下腹部の苦悶に悩まされているのである。それがピークに達すると、まるで五体の全てをその肥大した腹部に支配されているような重苦しい感覚に、たまらず少女は産卵を開始するのだ。したがって、産卵直後のこの時間は彼女がわずかばかりでも解放感を味わえる時間である。
「フウ……今回はこんなところか」
 ニナは絨毯のような苔が表面を覆った岩床に身体を横たえる。このまま疲労感に任せて眠りにつくつもりだった。だが、まさに目を閉じたその時、ニナはズシャ、ベタリ、ズシャ、ベタリと何か濡れた物を引きずるような音が遠くでするのをとらえた。
「あ……」
 ニナの瞳におびえと嫌悪、そしてあきらめの色が浮かんだ。ノロノロと身を起こすと、「それ」がやってくる方向をジッと見つめる。そしてしばらくして「それ」が姿を表した。
 「それ」は陸ダコ、とでも呼べば良いだろうか。ゴムのような弾力と光沢を感じさせる胴体、そしてそこから伸びる大小不揃いな触手。吸盤こそ見当たらないものの、それは確かにタコやイカといった生物に酷似していた。
 だが、特筆すべきはその大きさである。胴体の高さだけで3メートルはあり、触手をいっぱいに広げれば端から端まで何メートルあるかわからない。ニナから見ればまるで小山のような大きさだった。
「ああ……」
 その醜悪な姿に、ニナはブルッと身体を震わせた。何度見てもその圧倒的な姿の前には、人間の女一人などどうあがいても太刀打ちできない無力感を思い知らされる。人間社会から引き離され、自然の中でただの非力な雌と化した自分がこんな強大な雄に捕らえられ、蹂躙され、仔を産まされることは、むしろ逃れられぬ運命ではないか、というような錯覚すら感じてしまう。
 そんなニナの思考をよそに、あいにく知性というものを持ち合わせていない強大で下等な生物は、本能の赴くままに行動を開始した。
「あ、それはいらな……うぶっ」
 移動用の足とは違う、比較的細い触手が一本スルスルと目の前に伸びる。それを口に押し込まれ、ニナが顔をしかめた。その先端から、草の汁のように苦く、そして少し甘い粘液がドロッと放出された。それがニナの食事だった。
「うぐぐ、えげっ、ごくごくっ……」
 細い、といっても触手はニナから見れば十分に口を塞ぐ太さである。独特の臭いにむせそうになりながらも飲み干すしかなかった。するとまるでニナを試すかのように、粘液は後から後から湧いてくる。
「うええ……ぶう、おむっ……」
(そ、そんなにいらない……も、もう飲めない……!)
 ニナが触手を両手でつかみ、イヤイヤをするように頭を振る。が、がっちりと突き入れられた触手はその程度では外れず、口の端からこぼすことも許さない。もう嚥下しているというより、食道から胃まで強制的に流し込まれる感じだった。
「あぶぶぶ……うぶっ、くうぅ……」
(もういっぱい……く、苦しいっ、お、お腹が裂けるぅ)
 触手をつかんでいた手がだらりと下がった。せっかく産卵で小さくなった腹が、今度は胃が膨れることで迫り出し始めた。粘液で充満していく胃が子宮に残った卵を押す感覚をどこか遠くで感じながら、ニナの視界がスウッと暗くなっていく。とその時、ようやく触手がズルリと口内から抜け出した。
「げほっ、ごほっごほっ……うええ、う〜」
 激しく咳き込むニナの口から、ダラダラと粘液がこぼれ落ちる。口をパクパクさせて空気を吸いながら、滲んだ涙を拭う。恨み言の一つでも言ってやりたい気分だが、相手が言葉も解さない下等動物ではどうしようもない。
 そんなニナをよそに、モンスターはさっさと次の段階へと進む。
「ひゃっ!?」
 先程のものよりさらに細い、蔓のような触手が胴体から無数に這い出し、ニナの身体に絡み付く。そのまま抱き寄せるようにニナを宙に浮かすと引き寄せた。
「あ……いや……」
 モンスターの巨体をすぐ目の前にして、ニナは弱々しく身をくねらした。いよいよ生殖行為が始まるのだ。今まで幾度となくされてきた行為とはいえ、あらためてこの人ならざる怪物と交わり、その仔を身篭るのかと思うと、身震いが止まらない。そのくせ身体にまるで力が入らず、簡単に足を大きく開かされてしまうのが、ひとたび雄に征服されてしまった雌の哀しさだった。
「あう……」
 まだ成熟し切っている、とはいえないニナの秘裂に、一本が無造作に潜り込んだ。いきなりの侵入でもニナが痛みを感じないのは、触手自体が細いのと先刻の産卵の際の粘液が潤滑油になっていたせいだろう。
「んん……は、入ってくる」
 ツルツルと潜り込んでくる触手に、ニナはうわずった声をあげた。抵抗らしい抵抗がまるでないために、かえってどこまでも入ってきそうな異様な感覚を与えてくる。そして先端はすぐに子宮口に達した。そこは先程大きな卵を吐き出したのがウソのように、もう慎ましやかにすぼまっていた。
「ひっ、ひぃんっ……そ、それはいやあっ」
 行き止まりまで達すると、先端が環状の肉をソロリソロリとなぞり上げる。細長い舌先で舐め上げるような動きにゾクゾクとした戦慄が走り、たまらずニナの腰が逃げるようにうねる。しかし先端はどこまでも追ってきて、まるで形を確かめるかのように執拗に這い回る。
「あ、あうう、き、気が変になるぅ、それはやめてぇ……」
 鋭敏な部分を集中的に襲う触手の動きに頭の中までかき回されるのか、うわごとのようにニナはあえいだ。まるで神経そのものを舐め上げられるような刺激に惑乱する中で、次第に下半身がジーンと熱くしびれ、溶けてしまったように感覚が鈍くなっていく。その中で最奥を舐める触手の動きだけが鮮明に脳に突き刺さり、知らず熱いものが溢れてしまう。
(あああっ、こ、こんな変なので感じるなんていやあ……)
 しかしそう思えば思うほどかえって下腹部に意識が集中し、触手の動きを細部まで感じ取ってしまう。時折触手が特に敏感なポイントに触れると、ニナは「ひんっ」と悲鳴を上げてのけぞった。
 いつのまにか先端の動きに合わせてくねっていた胴の部分は肥大し、今やニナの産道をいっぱいに押し広げ淫靡な水音を立てながらかき回す。外に出た部分をつかんだニナの手の力はしかし弱々しく、胎内の動きに操られるようにひとりでに腰がうねる。全身を匂うようなピンク色に上気させ、ポッコリ膨らんだ下腹部にまで汗を滴らせて、ニナは唇からたえかねたように熱っぽいあえぎ声をもらし続ける。 
 だが、そこまでになっていながらも、ニナにはまだどこか身構えているところがあった。
(ああ、あ、「あれ」はまだなの……お願い、「あれ」をするんなら早くしてぇ。どうせするんならひと思いに……)
 湧きあがる熱い情感に翻弄されながらも、それがいつ来るか、いつ来るか、とニナは戦々恐々だ。しかし触手は知らぬ顔でニナを追い上げていく。
「あっ、だめ……そんな、そんなにされたらっ」
 いきなりニナのがガクンとのけぞると、身体がキリキリと収縮し触手をきつく食いしめた。
「も、もうだめぇっ! い、イクっ、いっちゃうっ!」
 その瞬間、いつのまにか吸盤のように平たくなっていた先端が、勢い良く子宮口に吸い付いた。そのまま強烈に吸引する。
「ひっ、ひいいいいぃっ!?」
 絶頂と同時に襲ってきた子宮を引っこ抜かれるような衝撃に、ニナは白目を剥いた。絶頂に震えた身体が、さらにガクガクとおそろしいまでに痙攣する。だが、まだそれで終わりではなかった。子宮口に吸い付いた触手が、その吸盤状の中央の腺から精液を勢い良く噴出したのである。
「ひっあああああっ! あ、熱っ、熱ういいぃっ!」
 水鉄砲のように高圧で発射された奔流はすっかりほぐれゆるんでいた子宮口をなんなく通過し、子宮の底に当たってしぶきを上げる。
「ひいっ、ひいいいっ、灼けるうっ、お腹が灼けるぅ……くああああぁっ!」
 子宮に直接流し込まれる怪物の精液はまるで熱湯、いや溶岩のようだった。それが間欠泉のようにビューッ、ビューッと子宮の壁を叩き、染み込んでいく凄さにニナは玉の汗を飛び散らせてのた打ち回った。両手がかばうように孕み腹に当てられる。だが、もちろんそんなことで内部で爆ぜる噴流を阻止できるはずもなく、激流が襲う度にニナは白目を剥き「ひいいっ」と泣いて四肢を突っ張らせた。
「し、死んじゃう……お腹の中が燃えちゃって、熱くっていっぱい……」
 焦点をうつろにし、唇の端からタラタラ唾液をこぼして、息も絶え絶えにニナはうわごとのようにつぶやいた。
 子宮口を塞いで一滴も漏らさぬ注入に、ニナの下腹部がブルブルと震えながら手品のようにみるみる膨らんでいく。これがこの種の交配のやり方だった。雄だけで構成されるこの種は、異種族の雌を確実に孕ませるためにその子宮口に吸い付き、子宮の中へ直接いのちの精を注ぎ込む。恐るべき生物学的メカニズムだった。せっかく産卵したのもつかの間、精液に満たされ産卵前の臨月腹に戻った子宮は、ニナの身体が揺れる度にタプタプと水音を立てる。
 やがてニナの子宮が許す限りの精液を注ぎ込むと、モンスターは気息奄々といった感のニナを苔の上に乗せた。己の種を腹に抱えた大切な雌だから、その動きはいたって優しい。
「ぐっ……」
 栓をしていた触手が秘部から抜かれると、おびただしい精液が溢れ出した。いっぱいに迫り出した腹部が、またゆっくりと丸みを小さくしていく。
 だが、ニナは知っている。今注がれたうちの幾らかもまた確実に自分の中で受精し、まだ卵が残っている子宮ですぐに新たな卵を形成することを。
 次の産卵はどれくらい後に来るだろうか……
 カッカッと燃えるような精液の熱さに全身を火照らせながら、ニナはそんなことをぼんやり思っていた。
 ここで生きるようになってから、いったい幾度の種付けと産卵を繰り返したのか。
 少なくとも初めて卵を宿して以来、どんなに産んでも子宮が空になったような感覚を感じたことは一度もない。
(また……お腹大きくなっちゃう……)
 はたして自分の本来のウエストはどれくらいの細さだっただろうか。
 そんなことも忘れてしまったほど休む間もなく酷使され続ける己の腹部に、ニナはいたわるようにそっと手を置いた。

(了)