第四章「生存者」



 ごく普通に見える光景と言うものは何を持って普通と判断しているのだろう……いつもの通学路、いつもの出勤風景、その中に通行止めの標識があったとして誰もが不思議には思わないものだ。
 年の暮れには言うに及ばず、のべつ幕なし一年中行なわれているそれを不思議に思ったりはしない、その場で交通統制をしているものが見かけ通りの人間かは分からない、分かる必要もない
 だが、私達の暮らす日常とはこれ程に曖昧なものの上に成り立っているのである。


 作戦前の高揚した空気がその場を支配する
「各員配置着きました」
 コマンダーへの報告が入る、指揮所は学園前にある公園に設置されている
「作戦開始! 各員突入せよ!」
 無線の向こうからコマンダーの指令が下り幾つか確保してあった侵入路から突入部隊が入り込んでいく。
 綾乃もまたその中の一人だった。
「今日は綾乃と一緒で助かる。」
 今日の相棒がそういって背後でサポート体勢を取りながらついて来る
「無駄口はいらないわ……」
 学園に入ると予想通り空気中に媚薬効果の成分が散布されており、普通の状態でこの中に入ったら魔物の思う壷と言う所だろう
「学園中の生徒は何処かしら……」
 突入時間は通報があってから5時間……生徒達は今日も普通に登校していたに違いない、いつから学園がこんな状態だったのかもわからない。
「反応は奥の方に固まってるみたい」
 相棒がそう言って熱源探知機を見ながら応える
「では前進しましょう」
 綾乃は静かな廊下を進んでいく
『キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア』
 静寂を破ったのはインカムの向こう側だった、
「第2突入部隊が……魔物と接敵!」
 そして、おそらくは襲われているのだろう事が悲鳴のあとの嗚咽で理解する。
「助けに行かないと……」
 相棒のその言葉を遮って
「その余裕は無さそうよ……」
 目の前の廊下が気が付けばいくつもの触手に覆われて蠢く物に変わっていた
「擬態?……」
 囲まれている
「突破して生存者の確保が最優先、でも無理なようなら……」
 目に見えないような反射速度で横にある扉を蹴り開けると相棒を押し込みつつその中へ待避する
「きゃぁあああ!」
 相棒の悲鳴が上がるよりも先に事態を理解する
「ここは……」
 廊下などよりも教室内は魔物の巣だったのだ
「要救助者……発見」
 綾乃の言葉はインカムを通して部隊全部に通じたはすだった、が返信は無い
「助ける事が最優先よね……」
 相棒の言葉が震えているのがわかる、恐いのだ
「そうね……救いに来たのだから」
 目の前に広がる光景は幻想的と言うべきか迷う所であった
「逃げよう綾乃……やばいよ」
 綾乃にも恐怖心はある、が彼女には逃げると言う選択肢など無いのかもしれない
「しかし……何処から手を付けよう……確認作業が先かもね……」
 目の前の教室内には数十人の女生徒がいた
「あ……ああ……助けて……助けて……」
 微かに自我を残しているものがそうくり返しているのが、徐々に聞き取れて来た。
「どうする?……綾乃?」
 女生徒の何十と言う裸体がお腹を大きくして触手の中で蠢いていた。
「助けなきゃ……」
 その時何処かから銃声が響いて来た……
「はじめちまった馬鹿がいるね……」




「ちぃ」
「きゃぁああああああああああああああああああああああああああああ」
 その銃声で目の前にいた触手達が一斉に蠢き、それに拘束されている女生徒達の口が悲鳴の合掌を上げる。
「ひとまずここから出た方がいかも」
 このように繁殖した子供よりも増やす事をしている親の方を探すべきなのだ
「そうね……そうしましょう……相手のコアを探すのよ」
 綾乃はそういうと、すぐに行動に移る、目の前の現実に恐怖していては行動を誤るのだ。
「いくわ……」
 綾乃にだって単独よりも背後を守るものがいた方がいい事ぐらいわかっている、が問題はメンタル的に相棒がいつまで保つかと言う事だこのあとは触手の海を越えなければ辿り着けない所にコアはあるだろう。
「覚悟しなさいね」
 忠告は与えておく、それが今の彼女に出来る唯一の優しさ
「うん……置いて行かないでよ」
 そして二人は廊下に踊り出た、さっき入って来たのとは違うより中央に近いドアから
「きゃぁ……」
 走り出した瞬間に相棒が触手の一本を踏んで転びそうになる、それを無言で掴んで体勢を立て直させると、一気に走ってそのあたりにいる触手群を抜ける。
「あ……ありがとう……」
 マスクの下からの声が苦しそうだ
「触手型の魔物は基本的に移動の為の筋肉は弱い……移動速度はけして人間より早くなら無いから慌てないで対処する、絞める力は強いから巻取られないように……」
 いとも簡単に触手達の網を抜け出して更に校舎を進みながら綾乃は言った。
「うん……ありがとう……」
 マニュアルにはそんなことは一言も書いてなかったと相棒は考えている。だが……生還率100%の綾乃の言葉はこの場合神の声に等しい
「何処で知ったのそのこと……」
 何気ない一言
「……ナイショよ……」
 少し寂しそうな顔をしてそう答えた綾乃が相棒にもわかった
「うん……うん……」
 熱源探知機をもう一度ゆっくりと見る、その情報を一つでも逃さないように
「綾乃もしかして……ここかも?」
 学校の見取り図と重ねられている熱源反応がひっきりなしに動いている場所が見て取れる
「確かにね……おそらくはそこに親がいるのでしょうね……」
 まずはそれを潰そうと頷きあう
「いくよ……」






「こわ……こわ……恐かった……」
 体育系の部活棟近くに来るまでに3つの触手の群体と遭遇し実弾と冷凍弾を使用して撃退していた。
「大丈夫……生きてるから」
 相棒が何度か触手に絡め取られて引き倒されていた
「綾乃動き早くて……私も必死に移動しているのに……」
 差が出たとしか言いようが無い
「慣れよ……すぐに出来るようになるわ……」
 そんなことは無いという事は綾乃が一番知っていた。
「あそこね……」
 綾乃は会話を止る為にそう言って相棒の言葉を止る
「ん……」
 頷きながら熱源探知機を確認しもう一度顔を上げる
「どうする?」
 入口は一ヶ所、外にまわれば窓があるはずだ、がそちらの方面から進入した部隊が見えない
「まさかやられたのかな?……」
 さらりと綾乃は言う
「そんな……」
 相棒は否定したいが否定しきれないで表情を引きつらせ琉しかない
「出て来た……」
 扉は開いているらしく、そこからグロテスクな卵を抱えた触手達がうねうねと出て来て彼女達の隠れている脇を通って校舎へと入っていった
「どうゆうこと?……」
 相棒が声を震わせる
「産み終わった女生徒の子宮に入れて来るんでしょうね……」
 いちいち答えるのも何だが、疑問に思った事がこの場では恐怖に変わる、その状態では進入しても戦えないだろうから綾乃は答えるのだ
「あの中にいるのは間違い無いわね」
 そう話している間も何度か目の前を触手達は卵を持って移動していった
「よし」
 綾乃は今度触手達が出て着たら突入すると宣言して
「う……うん」
 突入しやすい位置にポジションを移した
「……」
 相棒の顔には緊張の色があった
『落ち着いて……』
 目の前にいる相手に小声でインカム越しに声をかける
「うん……」
 呼吸の音も心臓の高鳴りも全部聞こえそうな感じだった
「……」
 触手が通り過ぎると
「Go!」
 二人はその部室に進入した。



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「ここは……」
 今までと違うのは明らかだった
「あの娘……卵産んでる……」
 部屋の中央で腰を上下させながらいくつもいくつも卵を産む姿は何か精密機械を見ているようだった。
「いまは考えない!……」
 綾乃のその言葉と
 ズガガガガガガガガガガガガガガガガガッガ
 銃声で相棒も正気になった
「近づく前にやるのよ……」
 それと……
「卵を狙う!」
 卵のある方向に銃口を向けて撃つだけでその射線上に勝手に踊り出て撃たれていくのだ
「こいつら……」
 その体液が部屋中に充満してくがマスクをしている二人はお構いなしだった、相棒はもう何も考えずに行動してるかも知れなかった
「よし!」
 だから綾乃が地面を這って接近して来る触手を担当した。
「終った……終ったのね……」
 まだ終ったとは言いがたかったが相棒を冷静にさせなければいけなかった。
「まだ死んでないかも」
 撃たれた触手はそれでもまだ床でうねうね蠢いて彼女達に近づく機会を窺っているように見えた
「助け……に来てくれたの……」
 卵を産んでいた女性が潤んだ瞳を向けてそれだけの言葉を必死に紡いだ
「ああ……助けに来た」
 その娘に近寄りながらその回りにいるお腹を大きくした女性達の腹部を
「ぎゃ!……」
 叩いた。
 パギャ!
 触手の未完成品のようなものが股間から溢れて床に広がる
「他のにもやるのよ、ほっとくとまだ産まれてくるからね」
 もどしたいのを必死に抑えて相棒は女達の腹部を叩いて卵を潰していった
「助けに来てくれたんですね……」
 入口の方向から声がして一人の女性が立っていた
「はい!あなたは無事ですね」
 相棒はようやく見つけた普通の状態の女性に嬉しそうに近づいた
「ダメ!」
 相棒はその女性の目で崩れ落ちた

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 触手が相棒のマスクを弾き飛ばしたかと思うといくつもの触手がその口へと入り込んでいた。
『ん……んん……』
 先程撒いた魔物の身体から出た体液が悠々と宙に留まっていて相棒の顔を高揚させていく。
「もう……ダメね……」
 助けるには全てを倒したあとになると綾乃は思う
「まさか、こんな所でねぇ」
 相棒を倒したその女はこの媚薬の舞う部室にゆっくりと入って来る
「あなたも外したら? 全然平気なのでしょ?」
 先程から相棒にも隠していた事をその女は見抜いてみせた
「そう言う事か……あなたも……」
 お互いを認識してみてその存在を知る
「代行者……」
 魔物にとっての現世へのアンテナ、その呼び名を知るものは人間にはいないのだ
「ふふふふ……ここは私達のコロニーにさせてもらうわよ」
 その女はゆとりをもってそう言う
「ダメよ……人間の社会を破壊しても何もならないでしょ?……」
 交渉ごとは瞬時に崩壊して、悪意を全面に押し出して来る
「ふううん、人間が何様? それをサポートするなんてあなたのご主人様はよほどお優しいというか、腰抜けね」
 お互いの途中の空間がいくつかの衝撃で弾ける、綾乃のマスクが飛びプロテクターが砕ける、同じくして女の衣服も宙を舞い、綺麗な素肌が露出していく、何度もその表面に傷が付くが内側から沸き上がるように血液とリンパ液のようなものがその傷を塞いでいく。
「お互いに既に人間はやめてるみたいねぇ……確認出来て嬉しいわぁ」
 女の血液は触手の卵と同じように紫の色をしていた
「ち……」
 状況が予断を許さないことはわかる、が負けたくも無かった……
「聞きなさい、進入して来たあなたの仲間はもう全部捕らえたわよ……あなたが目の前で見逃した卵達は今頃彼女達の子宮で暖められているわ」
 わかっていた、そんな事を今さら言われてみても、どうすることも出来ない
「終わりよ」
 綾乃は攻防をしていた腕が思うように動かないと思った瞬間、
「なっ!」
 いつの間にか這い寄って来ていた触手達が彼女の身体を拘束していた
「終わりだね、あんたの身体調べてやるぞ、ご主人様に顔向け出来なような事をしてやろうか?」
 正面の敵に意識を集中し過ぎた事を今さら悔やんでも仕方が無かった
「く……好きにすればいい……」
 負けを自覚した以上もうどうしようも無かった
「あはは、あなたは帰してあげるよその身に宿しているものが今と同じとは限らないけどね」
 代行者がバッティングする事など考えた事も無かった、いままでご主人様に与えられた身体能力に頼って生きて来たのだと思い知る。
「あははははは!涙くらい流してくれないかい?面白みが足りないよ」
 女の声が感に触った。



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 ネチャ……ネチャ……触手の埋めつくされた体育館の中心に泳がされていた
 何度も何度も前も後ろの穴も出入りされ、数え切れないほどの体液が直腸と子宮の底にたまる
「こうしていると……思い出す……あの時も……こうやって……」
 はじめてのミッションだった、対して大きくない魔物で無色になって移動するアメーバ型だった
「全身を隅無く愛撫されて……私はこの世のものとは思えない快楽を知り……あの人を逃がした……」
 そうした事を後悔していない、今だに時々身体の奥に命令のようなものが聞えて、会いに行く度に町角の闇の中で嬲られる
「外は……気持ちが良くて……そして……」
 いつも放置されている……その事がまた恐ろしいほど刺激になるのもたしかだった
「いつの間にか変態な趣味を……あの人に……ああ……ここで負けたら……こんな事で負けちゃったら……」
 綾乃は魔物をあの人と呼ぶ……そう呼ぶように言われた気がしていた、ちゃんとした言葉で言われたわけじゃないが、言ってる事がわかる気がする……それを絆と呼ぶには……

 綾乃が解放されるまでに部隊が突入してから丸一日かかっていた……



つづく……