第五章「別離道」



 文明の出会いはいつも争いに収束するのである。知的生命体はある意味他者を許容しない、自分こそが生命界の盟主であると信じるが故に……
 その意味でここで出会った幾つかの知的生命体は奇異なのかもしれない、他者をその文化形態ごと取り込んで己がものとして生きる事が出来るのだから、もしかして我々が世界の摂理を間違って信奉しているのかもしれない。
 本当は世界とはもっと懐が広かったのかも、だからこれは人々に対する進化の為の試練なのかもしれない。


 体育館の中にはこの学園で産まれた数多の触手達が犇めき合いたった一つの牝を求めて蠢いていた
「あはははは……成す術無しかい? 楽しいねぇ」
 謎の女……露葉は感情を隠そうともしないで触手の中心にいる綾乃をステージの上から笑うのだ
「ああ……殺してしまいなさい、私を生かしておくと……後悔するわよ……」
 負けそうになる意識を敵意に変えて綾乃は自分を踏み留めていた
「さすがに御主人様に愛を捧げちゃってる牝は言うことが違うねぇ」
 その態度に嫌悪を隠す事は無い
「自分だって……そうでしょ?」
 二人は魔物達の人間界とのアンテナ役を果たすべき代行者だった
「もっとやっておしまい!」
 蠢く触手のスピードが増す
「あぐ……がふ……あぶ……」
 腸のなかを遡るように触手が這いあがり、お腹の表面からもボコボコと蠢く何かがその表皮の下を這い回っているが見て取れる。
 前の穴も同様で押し広げられて歪んだ穴に何本もの触手が抽送を繰り返し、そのありもしないような隙間にさらに他の触手が鎌首を割り込ましていくと言う状態だった。
 口にも触手が進入してその白濁した液体で胃の腑を満たさんとするように入れ代わり立ち代わり発射している。
「あははははははっは! バカにしたもんじゃ無いだろ? これが快感さ……これが生きてるって事なのさ」
 露葉の言葉には何処か哀愁があり、いってる言葉が本心なのか、それとも虚偽なのかわかりかねる色がある、が綾乃はそれ所では無く自我を手放す寸前といった感じで急速に絶頂へ向けての階段を昇りきろうとしていた。
『んんんんんんんんんんん!』
 代行者を変節させることは過去において例が無い、お互いのテリトリーを犯さないようにしていた為かもしれない
「イっちまいな!」
 綾乃が昇り詰める瞬間に同調するように体育館中の触手が白濁した液体を吐き出しあるものは綾乃の中へ、あるものは綾乃の表面に、そしてほとんどの物が空中にそれを舞わせる結果となった
「美しい光景だわ……」
 いっそうキツイ匂いが立ちこめ媚薬の海に潜る感覚になって来る
「まだ終りじゃ無いわよ」
 その液体がビュルビュルと宙に舞う様がまるでスローモーションのように露葉には見えた。
「ん?……」
 何処かに違和感があった事に気が付いたのはしばらくしてからだった
「なんだ?」
 相変わらず綾乃に触手は取り付いてる、その中で口すら塞がれて声を上げられずに官能の海に沈んでいる……
「子供達が……おかしい?」
 動きが遅いような気がした
「バカな!」
 それよりも、さっき吹き出した液体がいつまで降り注いでいるのだろう
「そんな!」
 そしてその瞬間は劇的なスピードで訪れた
「!」
 今まで蠢いていた触手が何かに取り込まれるようにして溶け出していく、天井からドロリと今度は洪水のようにそれは降って来た
「軟体だったのか!」
 その場が危険だと察知した露葉は裏から撤退した、子供達と彼女が呼んだ触手の断末魔が彼女には聞こえたはずだった。

「あなた……助けに来て……下さったのですね……」
 もう既におそらく彼の本体であろうものに包まれて安らぎの表情を見せる綾乃である。
『…………………………』
「え?少し……痛いかもしれないって……大丈夫です……あなたに与えられる全ては私の喜びになりましょう……」
 そして、口と言わずアナルと言わず、穴と言う穴から彼は綾乃を愛した、その中に残る触手達の液体を焼きつくしながら




「撤退か……あれだけ増やしたというのに」
 露葉は悔しそうに廊下を移動していた
「くっ」
 脱出のさいに敵と接触した場所が焼けて熱かった
「このコロニーを手放したら……私の代行者としての」
 後が無いとでも言いたげに廊下を部室棟に向かっていたそこでは、今だに新しい命が産まれ続けているはずだ……
「産まれたばかりの幼体では太刀打ち出来ない、オリジナル同士で戦って頂くしか」
 最初に舞華に卵を植付けた物が露葉のご主人様だった
「今は何処においでか……一刻も早く子供達が」
 何処と言ってもこの学園ならば最初の場所、舞華の部室くらいにしか想像が行き届かない。
「あ……」
 廊下のはずれにご主人様はいたのだ、すでにこの廊下は床は言うに及ばす天井まで擬態した子供達で覆われていた
「御報告があります」
 そして一刻も早く奴を退けないとこのコロニーがダメになると露葉は報告した
「わかって下さいましたか」
 最初からわかっていたらしく、何やら機嫌が悪かった
「あ、あの……」
 ご主人様は露葉への返答をせぬままにその場を去った
「く……」
 理由の想像はつく、捨てられたのだと理解出来た
「まさか……こんな時が来るなんてね」
 露葉は自分が今どうゆう顔をしているのか考えたくなかった、考えなくてもわかる気がする
「私を切り捨てるというのか」
 失敗すれば、もう役に立つことがない彼女などはいらなくなる、その通りだ
「ふふふふ……そうはさせないわ」
 いつから狂気の中で生きて来たのだろうと露葉は考えてみる、もうどうせ何処にも行けない身なのだと理解しているのだ。






「終った……」
 熱っぽかった、が身体は力が溢れて来るような感覚の中にあった……
「はあ……はあ……もう……産まなくてもいいのね」
 舞華は自分のお腹を摩ってみた
「元に戻るものなのね……」
 目の前には突然入って来た警察の人が破壊した卵の欠けらが散らばっていた
「無駄な事よね、あれを壊した分はあっという間に私が産んでしまった、先生のお腹の中だってすぐに次の卵を入れられたし……」
 そしてその時になって彼女は気が付く
「私……自由に動けてる」
 逃げ出すには今しか無いと思われた
「お母さん! 美香!」
 自分を心配して来てくれた二人……そして、巻き込んだ上にお腹を大きくしている二人だった。
「あ……舞華?……なにぃ……平気なの?」
 いつも家での睦美からは想像出来ない淫猥な表情だった
「お姉ちゃん……」
 美香も高揚したままだった。
「そう言えば」
 この部屋の中は今だに媚薬効果のある空気が充満している、最初のころに吸い込んでからずっと身体を熱くさせていた原因……
「何で私……平気なわけ?」
 それにさっきまで舞華の産んだ卵を運搬していた触手達が遠巻きにしているだけで近寄って来ない
「どうゆうこと?……」
 嫌な感覚だった
「用なしになったなら……帰らせてもらうわよ」
 こんな所は日常では無かった
「立てるお母さん……」
 美香を抱き起こしながら睦美に声をかける
「ええ……舞華……平気なの?」
 睦美はまた同じことを聞いて来た……これまでの時間絶望を味わい続けた結果かもしれない
「平気、なんか身体も軽い」
 そのあとにお腹がスリムになったからかな?と続けたが笑ってくれる人はいなかった
「はい……何か二人くらいなら私担げそうよ……」
 気を失ったままの先生に一つ頭を下げて
「まずは外に行こう!」
 ホントに二人を軽々と抱き上げたまま窓を開ける
「車に着替えが……あるわ……外来駐車場に止めてあるから……」
 睦美は腰も抜けて歩けないが必死にそれを報告する
「運転は……無理かな?……」
 鍵は無い、いや何処かに落ちてるのだろうが探す気にはなれない
「もしかして開いてるかもしれないから……行ってみようか」
 その時部室のドアが開き
「何処へ行こうって言うんだい?」
 露葉が入って来た
「帰るの、家に」
 そして舞華の返答も躊躇の無い即答だった。



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「今更帰るだってぇ?」
 憎しみの表情をありありと舞華に向けて来る
「馬鹿も休み休み言いな!
「何よ、あなたの所為でこんな事になったんじゃ無い! それに私はもういやなの、ここから出ていくわ」
 ゆっくりと近づいて来る露葉に舞華は窓の外に二人を下ろすとファイティングポーズをとる
「今の私、誰にも負けない気分よ」
 そのいい様にまた露葉がわらう
「あはははははははははははははははははははは、そう思える能力を誰に授けられたと思っているんだい?」
 嫌な感覚がまた広がる、それは不安とも言い換えられるものだ
「なによ」
 おかしいのだ今までの自分なら戦うなどと言う選択肢は無い
「あんたはもう人間じゃ無いのさ……代行者、こいつらの子を産む為にだけに生きてる存在さ」
 あえて真実をズラして言うのはどこか後ろめたさを伴うらしい
「人間じゃ無い……」
 その言葉は舞華にある種の確信を与えるのだ、そう……ずっと卵を産んでいた時から恐怖の中にある確信
「あなたの所為じゃないの」
 露葉との距離をゆっくりと縮める
「なに? 私とやる気なの、いい度胸だわ」
 憎しみの表情もそのままに露葉も距離をつめる、余裕の笑みを作る事には失敗していた
「今はあなたと同じ立場ってことでしょ? 負ける要因は無いもの」
 舞華にはある意味自信があった、毎日鍛えていたのだから
「同じだなんて言ってないじゃ無い? 私は彼等と仲間、あなたは子を作る道具よ、身体の変質が終ったのなら……もうあなたの卵巣では彼等の卵しか作らないわよ……あの無限にある触手の先から出るザーメンで妊娠が出来るの……そして沢山の卵をさっきと同じように産むのよ、あなたは」
 嫌な想像をさせると思う、先程のまで強気を舞華の普段の心が挫くのだ
「私は……」
 しかし、露葉はこの話をしている時は表情がどこか高揚しているようで、憎しみの色が薄らいでいる。
「私はそういう使い捨て的な女じゃ無くて……仲間なのよ、盟友ともいうわね、狂った社会に鉄槌を下すのよ!」
 そして、二人の距離は手を伸ばせば当たる距離まで縮まった。
「あなたとは違うのよ!」
 憎しみの色が帰って来ていた
「違う方が嬉しいわ」
 舞華も必死に自分を奮い立たせていた……
「あなた……終った女なのね……」
 声は突如横から聞こえて来た

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「先生……」
 顔を淫蕩な知性の欠けらもないような表情で千草が二人を見ていた
「あなた……嘘をついてるわね」
 露葉に向かって定まらない指を向けている
「何を言う! 私は嘘なんかついてないぞ! こいつは使い捨ての卵を産む為の女だ!」
 必死に否定する様がおかしいと舞華にもわかる
「それはあなたもでしょ!」
 有無を言わせぬ断定、空気が凍る瞬間と言うものをこのエロい表情の千草が演出していた
「……………………何を根拠に……」
 永遠な時が流れたかと思えた。
「いいわよ……説明してあげる」
 大きなお腹を摩りながら教師の顔を作る
「説明……出来るだと……」
 うんうんと頷くと
「先生ホント?」
 舞華も聞き入るようにしてくる、それにもちゃんと頷いてみせてから
「ホントは図解とかあればいいのだけど……まあ簡単に言ってしまえば、女性か一生涯で排出する卵子の数は決まってるって事よ」
 当たり前の事を言っているというように
「二次成長期に初潮が来て、まあお赤飯とか食べるでしょ? それからおよそ月に一回、長くても50年くらいかな?……上がるって言われる日まで続くわけだけどね、まあ女としての機能が終了するわけだけど……昨晩までのペースでホントに卵子を排出したら数日で卵巣は空になるわよ」
 言葉が浸透するのを待つ
「嘘……」
 最初に喋ったのは舞華だった
「嘘じゃ無いみたいね、ほら彼女の顔」
 露葉は蒼白になっていた
「あなたは……もう老婆と同じなのよ」
 それは寂しい結論だった
「そんな事……わかってる……だからって……だからって新しい女の存在をほっておけるか!」
 怒りの表情はある、だが戦意は無くなっているらしかった
「悲しいのね」
 舞華はこれから自分に起こる事を見せられているにも関らず落ち着いていた
「お前だって、もう彼等の卵しか産めない身体なんだぞ」
 それは理解出来た。
「うん、わかってる」
 代行者になった、そう自覚する
「逃げる気なら今しかないぞ……」
 露葉は立ち上がりドアから学校へ戻ろうとした
「どうして……」
 呼び止めずにはいられない
「いったろ、もう性欲なんてないけど……悲しいかな心が残っててさ、よく考えてみれば世のおじいちゃんおばあちゃんはそれでも仲良くしてるだろう? 子供が産めなくなったってそれまでの生活があれば……絆はある、悲しい現実だけど私には彼等とのこれまでの生活が……絆なのかもね」
 思い込みも助けているかもしれない、相手が同じことを思っていてくれる保証もない……
「でも……今戦ってるのさ、彼等が、手伝いに行かなきゃ……」
 そして露葉は振替らずに部屋を出て行った。


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「私も……」
 綾乃はご主人様にすがるように訴える
「…………………………」
「また……生還する隊員になれって……そんな、私も戦います……」
 ご主人様は綾乃が付いて来る事を許容しなかった
「…………………………」
 無事に帰る、そして夜にいつもの場所に来ていろ、そう告げてご主人様は最も強い気を放つ触手のもとへと移動を開始した
「そんな……待ってますから……」
 綾乃は言いつけを守る、それが飼われているものの務めだからだ
「私……待ってますから……」
 学園を舞台にした魔物の同士の戦いは最終ステージに入った。



つづく……