バタバタバタバタ……。
 岩場から十数人分の足音が聞こえてきた。
 モモコはガマロドグラーにも警戒を緩めることなく、周囲を伺う。バレエのターンのようなしなやかな曲線を描いて振り向いた。そこにはインダベーたちがモモコを取り囲むように遠巻きに展開していた。
「インダベーどもにも、キュウレンジャーに同胞を殺された鬱憤が溜まってるだろうからな!」
 インダベーは基本的に任務に忠実だが、命令の時を待ちきれずにジリジリと地面を踏み締めて近寄りつつある。極上の獲物を前には性欲が抑え切れないようだった。
(完全に囲まれてる……。逃げ場は……ないわね……)
 モモコは戦闘の精神を落ち着かせるように深呼吸をし、緊張で乾いた唇をペロッと舐めて艶やかな赤い舌を光らせた。
 完全な不利な状況。
 勝ち目のない戦い。
 生身での戦闘は敗北必須だ。
「オーラマスク!」
 モモコは左腕のマスキングブレスを正面に構えて、変身の合言葉を唱えた。身体の奥から練り出されたオーラパワーを練り出した途端――。
 チクッ、ビクビクビク……。
 左右の乳首とクリトリスに装着された三点ピアスが反応する。敏感な弱点に媚薬毒が注入されてゆくのが分かった。
「と、とぉ……っ!」
 ガクガクと震える太腿に力を込めて、大きく屈伸した膝でジャンプする。
 空中に発生したピンク色に光輝く膜を掻い潜ると、指先を始めとし、ピンク色のマスキースーツを身に纏ってゆく。 
「ピンクマスク!」
 変身完了の新生の名前を高らかに叫んだ。



ズドォォォォンッ!
 最初の一撃は、ガマロドグラーが放った炎の爆発だった。
「きゃあああああっ!」
 ピンクマスクは変身を果たした直後の隙を狙われ、炎の洗礼を浴びた。
 熱風に吹き飛ばされたピンクマスクが地面に転がった。それを合図に、インダベーたちが動き出すと一斉に群がってゆく。
「グワアアアアッ!」
 ガマロドグラーは鈍重な体を捻りながら、咆哮を上げる。その大きな口からボーリングほどの大きさの球体――ガマ球が地面に落ちるとコロコロと転がっていく。
「……っ」
 倒れた衝撃に、胸を押さえながらも即応戦闘体勢に入る。
 いくら苦痛と疲労を伴っているとはいえ、ピンクマスクだ。
 インダベーなんかに負けるはずがない。
 それでも多勢に無勢。
 ガマロドグラーを始め、十数体のインダベーが一斉に襲いかかられたら、弱ったピンクマスクはひとたまりもないだろう。
「……負けるもんですかっ!」
 ピンクマスクは得意の太極拳で迎え撃つ。
 インダベーたちには牢屋の中でさんざん凌辱された恨みがあった。

「えいっ!」
 ピンクマスクの手刀がインダベーを倒す。
「てりゃぁっ!」
 振り向け様に迫ってきたインダベーの手首を捻って投げる。
「はぁ!」
 太極拳の【押し】が、数匹の敵をまとめて転倒させる。
「くっ、はぁはぁ……はぁはぁ……。とぉっ!」
 急激な戦いの運動がピンクマスクに負担を強いていた。
 監禁生活の続いていた疲労がぶり返したのだ。動きが鈍くなりつつあるも、背後から飛びかかるインダベーを手刀でねじ伏せる。
「はぁっ! えいっ! えいっ! てりゃぁっ! はぁっ!」
 ピンクマスクはインダベーと戦うことに夢中になったために、足元に転がってきた球体に気がつかなかった。
「ふっ!」
 インダベーの攻撃を一歩後退してかわす。
「あっ!」
 何かが足元に当たり思わずバランスを崩しそうになる。足元に見覚えのあるボーリングの球に似た物が、十数個転がっている。
「――しまった……」
 それが何かと思いだした時は、すでに遅かった。
 視線を前方に戻した時、ピンクマスクの周囲には誰もいなかった。インダベーたちは大きく離れている。
 敵の中で、ガマロドグラーが口に強烈な熱量を溜めているのが垣間見えた。
「グルアアッ!」
 火炎の息吹が吹き荒れ、ピンクマスクの足元のガマ球に直撃した。
「――!」
 もう回避は間に合わない。
 一瞬の判断で戦術を切り換える。
 まさに刹那の時、すべてのオーラパワーを総動員して防御に回す。
 次の瞬間!
 カッ、と光り出し爆発を起こす。
 炎の爆炎は無数の散弾となり、周囲に火の雨を降らす。それらは一つ一つが猛烈な熱量を伴い、さらにぶつかった端から弾け飛んだ。
「!」
 直撃だった。
 次々と連鎖爆発を起こし、その威力を増していく。ピンクマスクは避ける場所もなく高々と吹き飛ばされた。
 ガマ球は狙い済ませたかのようにピンクマスクの吹き飛ぶ斜線状に配置され、遅れて爆発を引き起こしていく。爆発の破片や石などが爆風と共に、ピンクマスクをさらに吹き飛ばしてゆく。
 無意識の内に、オーラパワーを展開してダメージだけを最小限に抑えていた。それでも衝撃を防ぎきれるはずも無いが――。
「きゃ、きゃあああああああぁぁぁぁっ―――――」
 出せるのは、もはや悲鳴のみ。
 その悲鳴すらも、崩壊する地面の轟音にかき消され、呑み込まれていった。