亡霊の住む家 11

 『母・法子 A』


 寝室の奥に、金属製のロッカーがある。
 その中を物色した時に面白い物を見つけた。小型のビデオカメラだ。
 私が生きていた頃の物に比べ、信じられないくらい小さな物だが、これでも画質は格段に良くなっているらしい。
(技術の進歩、か……)
 内側からロッカーを開けるのは簡単だった。他にはアルバムやら有価証券やら預金通帳やら、今の私には縁の無い物ばかりだ。
 私はビデオの説明書に目を通し、その性能に目を見張っていた。
(テープも十分にある。これで女どもの痴態を記録するのも一興か。脅しにも使えるかも知れんし、な)
 それならばと、私はカメラにテープをセットし、クローゼットに隠した。こっそりと、寝室を撮影できるように──。
(これでいい。法子の浅ましい姿を、フィルムに永遠に刻み込んでやろう……)
 私は寝室を後にし、法子の許へと向かった。


 法子はふと、洗濯物を畳んでいる手を止めた。
「……」
 一人きりの家の中。穏やかな昼の日差しが、窓から差し込んでいる。
 誰も見ていないのに、法子は恥ずかしそうに顔を伏せていた。

 疼くのだ。身体が。

 昨晩の出来事──あの淫靡な夢が、頭にこびりついて離れない。
 朝から何もしていないのに──何の刺激も受けていないのに、法子の秘部は熱く潤っていた。
 恐らく下着の中心には、その証が染み出てしまっているだろう──法子は、かぁぁっと頬を染めていく。
 何が起こったのか、どうしたらいいのか、全然分からなかった。
「……もう……」
 確かに、欲求不満だとは思う。夫との性交渉はもう数ヶ月もご無沙汰だし、自分で慰める事も恥ずかしくてなかなかできないのだ。
 でも、こんな状態は異常だった。
 熱い衝動が身体中を駆け巡り、どうしようもなく切なく、もどかしくなっていく。
「く……」
 それでも法子は、必死に衝動に耐えて家事を続けた。羞恥心と、貞淑な彼女の強い理性が、辛うじて彼女を支えているのだ。
 だが、その衝動は尋常ではなかった。
「はぁ、ぁ……」
 ふるふる、と震える身体は、無意識のうちに手を股間に差し伸べようとする。咄嗟に気付いて手を留めようとしたが、言う事を聞こうとしない。
「だ、だめ、よ……」
 まるでエサを目の前にしたケモノのように、法子の身体は一層吼えたけるようにその疼きを増した。
「だめ……ぇ……」
 法子の理性も限界に達し、とうとうその白い指先が股間に届こうとした瞬間──

 ──ごとんっ!!
「ひぃぃっ!!!」
 いきなり頭上で音がして、法子は飛び上がって驚いた。
「……あ」
 我に帰り、法子は自らの痴態に真っ赤になった。こんな昼間から、こんな所で……。
 法子は羞恥を振り払うように、音の主を見上げた。開かれた天井棚の中に、何かが落ちてきたようだ。
(……天井棚は閉めていた筈なのに……)
 覗き込んで見ると、それは埃にまみれた紙袋だった。中に細長い何かが入っているらしい。
「……何かしら……」
 そっと引き出して手に取る。物凄い量の埃が床に散った。
(こんなに埃まみれで……天井裏にあったのね……前に住んでいた人の物かしら?)
 ちょっとした好奇心に駆られ、法子は袋を開いてみた。
「……!!!」
 中に入っていたのは、張形だった。極彩色の凶悪な形状をしたものが、数本まとめて入っている。
「これ……」
 思わず袋を投げ出して、法子は顔を背けた。床に投げ出され、バイブレーター達はごろごろと重い音を立てて転がっていく。
 法子はそれを正視できずに、顔を背けたまま逡巡していた。
(どうしようかしら……これ……捨てなくちゃ……)
 だが、と法子は首をぶんぶんと振った。
 とても捨てるわけには行かない。万が一近所の人に見られたらなんと言われる事か。
 だとしてもこのまま置いておく訳にも……。
 ちらりと視線をやる。
 ショッキングピンクの一本が目に入る。ひときわ太くて、長くて、イボイボがついていて……
 思わず見惚れている自分に気付き、法子は慌てて目を反らせた。
(あんな、あんないやらしい形……)


 必死に振り払おうとしたが、その形状が目に焼きついて離れない。
(あんな物を、あんな物を使っちゃったら……)
 ごくっ、と唾を飲み込む。
(あんな物で攻められたら──!!)
 ぞくぞく、と悪寒が走った。想像した途端に、身体の疼きが一斉に目を覚ましていく。
「はぁ……っ!!!」
 思わず身体を抱き締める。気がつくと、法子はそのバイブを食い入るように見つめていた。
(あ……)


 目を離せない。まるでくっついてしまったかのように、視線を逸らす事ができない。
(ああ……)
 法子は無意識のうちに、手に取っていた。
(ああ……こんな……こんな、ああぁ……)
 ずっしりとした重さが伝わってくる。ピンク色をしたビニール製の棒は、その凶悪な形状と重さで法子の心を魅了していった。
(こんな……いやらしい……ものが、あぁ……)
 思わず、そのフォルムを確かめるように、撫でてしまう。
 ごつごつとした硬い感触──ひときわ硬さを感じさせるクリトリス攻めの突起──逞しい太さ、ずしりとくる金属の重さ、奥まで届くであろうその長さ──全てが、法子の淫らな欲望をこの上なく煽っていた。
 スイッチを入れる。──動かない。
 電池が入っていなかったのだ。
(あ、電池……は……)
 法子は勢いよく立ち上がり、階段下の物置へと向かう。
 ばん。
 物置の扉を開けるのももどかしく電池を探した。だが規格のサイズの電池だけが切れている。
「ど……どこ? どこぉ……」
 法子は半狂乱になって物置の内部を探し回った。
「──あったぁ……」
 探す事数分。
 熱い吐息と共に、物置の奥底から捜し求めていた電池を見つけ出した。思わず安堵の声を洩らす。
 そのままバイブと電池を持って立ち上がり、法子は二階の寝室へと階段を駆け登っていった。
(は、早く、早く……)
 我を忘れ、まるで何かに取り憑かれたように法子は寝室へと飛び込んでいく。
 その後ろ姿を、嘲笑と共に見つめる影に、法子は気付かなかった。



『上手く行ったな……』
 寝室のベッドに勢いよく飛び込み、身を投げ出す法子を、私は期待に満ちた視線で見つめている。
 昨晩の愛撫で快楽に目覚めた法子の身体は、欲求不満気味であったことも手伝って簡単に疼き始めた。
 そして私の囁く導きの通りに、法子は寝室のベッドに身を投げ出している。

 仕掛けたカメラからは絶好の位置だ。
『さあ……法子、もっと疼け、もっと欲しろ。お前のその疼きを癒せるのはそのバイブレーターだけだ……そら、欲しいだろう?』
 法子の喉がごくりと鳴る。
『さあ、早く電池を入れて動かしてみろ……』


 法子は震える指で電池をセットし、電池カバーも閉めずにスイッチを入れる。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……
 重苦しい振動音と共に、ピンクのペニスは踊り始めた。くねくねと腰をくねらせ、なおかつ亀頭の部分が車輪のように回転する。法子の視線はもう、狂わんばかりに力が込められていた。
「はぁ……はぁ、はぁ、はあ、はあ、はあ、は、は、は、」
(ほ、し、い……ほしい……ほしいほしい欲しい欲しい欲しいぃぃっ!!!!!)
 物も言わずに、法子は白いパンツと下着を一気に膝まで引き下ろす。汗で纏わりつく布地を蹴るように、もどかしそうにそのまま全てを脱ぎ捨ててしまった。寝室の薄暗い光に、法子の下半身が露になる。
「あ……!!」
 大きく開かれた太腿の間には、既にドロドロと樹液を流しているクレヴァスがあった。
 自らの浅ましい姿を見、法子は一瞬羞恥に顔を歪める。しかしその瞳には被虐的な悦びが煌き、彼女の隠れた性癖を窺わせた。
「ああぁ……」
 もどかしそうに引き寄せられたバイブの先端が、膣口に近づいていく。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ……
「あ……あ……ダメ、こんなの……ダメぇぇ」
 法子はまるでバイブが自分を襲っているかのように、恐怖と期待の入り混じった視線を絡めた。
 狂気が入ってしまったかのように、目を大きく見開く。
 恐れと、期待──相反する二つの感情に狂おしく見つめられる中、いやらしく蠢くバイブレーターは、法子の入り口に侵入した。
 つぷっ。
「はぁぁ……っ!!!」
 触れた瞬間に、どぎつい極彩色の快感が伝わり、法子の秘裂は悦びに打ち震えた。どくどくと愛液が湧き出してくる。


 法子は夢中でその愛液をバイブに塗りたくり、ずぶずぶと先端を埋めていった。
 実に数ヶ月ぶりに異物を受け入れた膣は、脳に悦びのパルスを狂わんばかりに叩きつける。法子は喉を、背筋をブリッジするように反り返らせた。
 すぅっ、と意識が遠くなり、身体全体ががくんがくんと腰を抜かしたように痙攣し──

「うあっ、あっ……あああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 回転するカリがGスポットを擦った瞬間、法子はあっけなく絶頂を迎えてしまった。
 だがめくるめく絶頂の痙攣の中、両手はそのままバイブを奥へと押し込んでいく。
「かはぁ……あ……っ、うあ……あ……ああぁ……」
 わなわなと震える膣壁を容赦なく擦り、なおかつその突起達でぐりぐりと抉りながら、奥へ奥へと進んでいくバイブレーター。その圧倒的な存在感と振動に、法子の理性は残らず吹き飛んでしまった。
「そ……そんなに……そんなに奥まで……ぇ……」
 先端は子宮の入口にまで辿り着き、その振動は子宮までを震わせていた。うわ言のような法子の声は、次第に意味をなさないただの叫びへと変わっていく。
「す……凄い……凄いぃぃ……ぅあ、あああああ、ああああああああ……」
 回転する先端が子宮の入口を擦りたて、先端にまで生えていた突起がぐりぐりと抉っていた。今まで夫の物では届かなかったところまでもを攻められ、法子は再び上り詰める。


「あああああ、あああああああああああっ、ひあああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 二度目の絶頂は激しかった。身体中を限界まで反らせ、絶叫に喉を迸らせ、がくがくがくと全身を壊れたオモチャのように痙攣させている。
「あぁ……ぁ……っ、は……」
 全身を仰け反らせ、数十秒ほど痙攣を繰り返した後、法子は糸の切れた操り人形のようにベッドに倒れ込んだ。
 全てを投げ出して力無く横たわる中、バイブレーターだけが規則的な振動音を響かせ続け、下腹部をびく、びくと痙攣させ続けている。


 欲望に負けてしまった──。
 なんて、いやらしい女なんだろう、私は──。

 自己嫌悪と、その裏に隠された被虐的な悦び──それらがめくるめく快感と相俟って、法子を恍惚とさせていた。



 膣口から根元の部分だけを覗かせて、バイブレーターは絶頂にうねる法子の内部で蠢き続けている。
 私はふと悪戯心を起こし、そのバイブをくい、とひねってやった。
「は……っ!!!」
 びくん!! と法子の腰が跳ね上がる。投げ出されていた両手が、ぎゅっとシーツを握り締めた。
 くい、くい、と動かす度に、法子の腰はびくびくと震えながら勢り上がっていく。 
「ど……どうして……あぁ……か、勝手に……動く……」
 絶頂の痙攣も終らない中、法子は息も絶え絶えに呻き声をあげた。だが、その呻きも瞬く間に悦楽の喘ぎに変わっていく。
「う、動く……うごく……ぅ……うごいちゃうぅ……」
 生前愛用していた一本だ。どのように動かせば女の急所を攻め立てられるのか、舞い上げ、じらし、弄ぶ事ができるのか──このバイブならば自分の手足のように自由自在に女を操れる。
 二度目の絶頂の最中にあり、また快感に目覚めたばかりのその身体は、貪欲にその刺激を飲み込んでいった。
「すっ、凄い、凄いぃぃ……うあぁ、あ、あ、あぁっ!!!」
 私の一挙動一挙動に、飛び上がらんばかりに反応する女の躯。他人の妻を玩ぶという嗜虐的な悦びに、私の心は燃え上がっていく。
「あぁ、あぁ、あぁぁぁ、だめぇ、だめぇぇ……」
 法子の表情はもう、喜悦に歪んでいた。表面の突起はうねりながら、また先端で回転しながら的確に法子を攻め立てる。これまでのぎこちない動きとは比べ物にならない、巧みで容赦のない攻めだった。
「あぁぁぁ……ま、また、また……」
 もう頭の中は、混乱と快感の渦に飲み込まれて無茶苦茶になっているのだろう、恍惚とした表情で瞳を霞ませ、法子は大きく開いたままの口から涎を流していた。
「また、またぁ、イッちゃうぅ、イッちゃうぅぅ……あ、あ!!!」
 とどめとばかりに動きを早め、膣壁を削らんばかりに力を入れてやる。法子はそれに、思いのままに舞い上げられてしまった。
 ぶるっぶるっ、と身体全体を震わせた後、バネ仕掛けのように全身を跳ね上げて仰け反らせる。
 そしてその直後、喉から断末魔のような叫びが迸った。 



「あぁっ、ああぁっ、あぁぁぁああああぁああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!」

 がくんがくんがくんっ!!! 
 激しく数度痙攣した後、法子は白目を剥いて失神してしまう。想像以上の激しい絶頂だった。
「ぅ…………あ……」
 ベッドに身を投げ出した法子は、微かな呻き声を洩らすだけだ。
 だが、その身体はいつまでも、絶頂の渦にびくびくと蠢いていた。



 振動を続けるバイブレーターを引き抜く。
 法子はあっけなく、快楽の前に屈した。やはり熟した身体は、それだけ淫靡な情欲を抱え込んでいるという事なのだろう。
 ずぷ……
 バイブを引き抜くと、締まり切らない膣口から白濁した愛液がどろりと流れ出た。
『良いイキっぷりだったぞ、法子……』
 私は法子に嘲笑を送りながら、吸い込んだエナジーを味わう。
 法子の身体から放たれたエナジーは、やはり若さのパワーが無い分娘達よりは少なかった。だがその代わりにエナジーの質が良い。
 例えれば高価な酒のような、洗練された芳醇な味だ。
『悪くない、な……』
 美酒のようなその味に酔いしれながら、私はクローゼットをかき分けた。
 奥に仕掛けてあったビデオカメラを持ち上げる。
 録画中――テープはまだ残っていたようだ。
『どれ、しっかりと撮れているかな……?』
 少しばかり巻き戻し、中の映像を確認する――あられもない声を上げて絶頂する法子の姿が、見事に捉えられていた。
『くっくっく――成功だな』
 幽霊である私がビデオなどという物に固執するのも妙な感じだったが、要は使い様だ。
 貞淑な彼女を追い込むいい材料になるだろうし、他にも色々な使い道があるだろう。

 私は気を失ったままの法子を残し、ビデオを持って階下へと降りた。
 そして、床に散らばったままのバイブレーターの中から一本、極細の物を選んでトイレへと運ぶ。
 その弓のように反り返った形状をしている黒いバイブレーターは、女性のアナルを調教するために造られた物だ。
『これをあいつに使ってやるか……くっくっく……』
 手を実体化させて運び、トイレの戸棚の中に隠し込む。
『ここなら、見つからないだろう……場所も丁度良いしな』
 戸棚の扉を閉め、素早く次の行動に移る。
 せっかくの性具だ、有効に使うとしよう――更にいくつかを、家の中の各所へと忍び込ませた。
 寝室、由佳や雪乃、更には鈴穂の部屋の中へ――。これで、より効率のいい調教が施せるはずだ。
『さて……』
 そろそろ鈴穂が帰宅する時間だ。今度は自分が直接、法子を可愛がってやろうかとも思ったのだが。
『仕方がない……今夜のお楽しみにでもするか』
 残りのバイブも、あのまま放っておくわけにも行かない。私は法子を起こし、後始末をさせるために階上へと向かった。



「お母さん、今日は一緒に寝ても良い?」
 その夜、三女の鈴穂が両親の寝室を訪れた。
 両手で枕を抱えた鈴穂は、そう言っておずおずと寝室を伺う。
「ええ、いいわよ……眠れないの?」
「うん……最近、変な夢を見るの……」
 自らの昨今の異変に不安を感じていた法子は、むしろ喜んで鈴穂を自らの隣に招いていた。
「そう……ほら、いらっしゃい」
「うん!!」
 母親の胸に抱かれ、その温もりに包まれて、鈴穂は初めて安堵の息をついた。
 二人の体温が作り出す、暖かい空間。こうしていれば安全だ、という、大きな安心感が彼女達を包んでいる。

 その夜二人は、珍しく悪夢に苛まれる事もなく、ぐっすりと眠る事ができた。



 ベッドの中で抱き合う親娘を、私は歯噛みする思いで見つめていた。
 今二人は、鈴穂のあのオーラに包まれている。これでは手出しのしようがない。
 二人の心を大きな安心感が包んでいる所為だろう、私の声も届かなかった。
『くそ……』
 明日の夜には夫が帰って来るというのに。
 どうしてもそれまでに、法子を手中に収めたかった。それだけに今夜のこの状況は大きな痛手だ。
『明日の昼間に、仕掛けるしかないな……』
 今夜はもう諦めるしかない。私は寝室を後にし、由佳と雪乃の部屋に向かう事にした。 
 苛立つ心を懸命に押さえ、明日の展開に思いを馳せる。
 泣き咽ぶ女達の姿を脳裡に浮かべた。
『まあいい……そうやって優しい親子を演じていられるのも今夜だけだ……せいぜい、ぐっすりと休むがいい……』
 心の疼きを押さえながら、私は少女達の待つ部屋へと足を踏み入れる。
 今夜も、少女達が劣情の餌食になる、狂気の時間が訪れたのだ……。

 犯してやる──絶対に犯してやる、あの、女を……。



 亡霊の住む家 12 に続く




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