──小島有希(7)──       作:SYARA


 次第、次第に、有希の瞳から生気が抜け落ち始めていた。
 この状態が長く続く事は、良い事ではない。いずれは彼女の人格そのものを消滅させてしまうからだ。
(そろそろ、快感攻めは中断するか……)
 僕はそんな有希の様子を眺めながら、そう思った。

 ◇

 私は、泣いていた。もう、涙を見せないなんて無理だった。
 私はあいつに、全てを汚されてしまった。身体も、心も──すべて。
 それなのに、あいつはニヤニヤ笑いを浮かべて、また私の耳に囁きかけてくる。
「苦しいだろう? 屈辱だろう? でもね、これはキミに課せられた試練なんだ。キミが僕の所有物ななる為の──これは、つまらない今までの価値観を棄てる為の、試練なんだ」
「……狂ってるわ……」
 私はありったけの憎悪を込めて男を見つめる。
「……そうかな? 現に今までの試練で、キミは表面では嫌がりながら、結局は愉悦の声をあげて震えていたじゃないか」
「…………」
 言い返せなかった。──もう、言い返せない。
 否定すれば、またあいつは私の身体を玩んで、多分またイカされてしまうから。……沈黙するしかなかった。
「キミのその反発心も、つまらない価値観の一つに過ぎない。いずれキミはそんなものなど、喜んで棄ててくれるだろう……悦んで、ね」
「誰が……っ!」
「まあ、その為の試練は容易な道ではない。キミが僕の所有物になる、と誓うまで、何度も何度も教えてあげないとね──つまらない価値観などとは比べ物にならない、素晴らしい悦楽を……。」
「……っ!!」
 まだ……まだ、終わりじゃないの!?
「まあ、まだまだそんな段階じゃないな。まずはキミの身体の性感を、どんどん引き出してあげないとね。……これからだよ、頑張ろうね、有希」
 言葉の終わりとともに、男はドアの向こうに消えた。
「…………」
 静寂だけが、辺りをしん、と支配する。
「…………ぅ、うっう、うぅぅ…………」
 彼の気配が消えるのを待ってから、私は声を押し殺して、泣いた。

 ◇

(もう、いやだ……)
 私は次第に痺れるように薄れていく意識の中で、もがいていた。
 恥ずかしいとか厭らしいとか、そういった感情が希薄になっている。そんな状態などとっくに──あんな事をされて、全てをビデオに撮られて──通り越してしまっていたのだから。
(いやだよ……)
 首につけられた重い首輪、そしてペンチを使っても切れないような太い鎖。私は、地下室の床に繋がれている。
 ようやく拘束は解かれたものの、これでは逃げようがなかった。
 地下室に窓はなく、あるのは出入り口の扉だけ。エアコンの通風孔は直径10センチもない。
 隙を見てあいつをやっつけるしかない──でもそれが、できるとは思えなかった。
 あいつは、用意周到だった。そして、隙がない。
 完全に私を拘束しておいて、あんな事を──
「……くぅ……!!」
 不意に陵辱の記憶が溢れ出て、有希は頭を抱えた。
(お兄ちゃん……お兄ちゃん……私、もうダメだよ…………汚されちゃったよ……)
 一筋、涙が流れる。深い悲しみだけが、ずっとずっと重くなって、私の心を沈めていた。
 どうして、こんな目に遭わなければいけなかったんだろう……。
(何も、悪い事なんてしてないのに……)
 信じられなかった。あんな事をする人がいるなんて。あんなやり方がこの世に存在してるなんて。そして──あんな事で、気持ち良くなってしまうなんて。
(悔しい……)
 自分には誤魔化す事ができない。あの時、私は確かに快感を感じていた。気持ち良くって、もうどうでもよくなって、ケモノみたいに叫んでいた。ぶるぶる震えて、何回も何回もイッてしまった。
(くやしい…………)
 身の毛もよだつほどの気持ち良さだった。
 泣いても叫んでも、あいつは構わずに、次の、更にその次の絶頂へと私を追い詰めていく。抵抗なんてできなかった。目の前が真っ白になって、頭の中にちかちかぁっと星が光って、身体は感電したみたいに突っ張ってわなないて──
(くやしい、くやしい……)
 信じられなかった。信じたくなかった。自分にあんな部分が眠っていたなんて……。
 あんなに厭らしい事されているのに、ケモノみたいに叫んで、感じて──
「いやぁぁぁ……」
(たすけて……)
 ──あんな事を続けられたら、本当に気が狂ってしまう。
 そうでなくても……
 有希は、そっと自分の内腿を撫でた。
「んう……っ!!」
 ぞくぞくぞく、と悪寒が走る。私の身体は、変わってしまった。変えられてしまったのだ。
 エアコンの風が肌を撫でるだけで、ぞくぞくと鳥肌が立つ。全身が脇腹みたいに敏感になってしまっていた。
(どうして……)
 理由はわかっていた。あいつに沢山厭らしい事をされたせいだ。あいつの……
(……それだけ?)
 不意に、そんな疑問が沸いてきた。
(あいつの言う通り、私がいやらしい女の子だったのかも……)
 そんな事ない、そんな事ないっ!!
 私は必死に否定した。あれは、あいつが信じられない汚い手を使ったから……
(それにしたって、あんなに気持ち良くなって、イッちゃって……)
 やだ、やだ、そんなの違う!! ──私は、まるで別の誰かと言い合うように頭の中で叫んでいた。
 あんな事されたら誰だって……
(感じちゃったのは事実じゃない……あんな、ビデオまで撮られて……)
 …………っ!!
(もう……もうダメだよ…………逆らえないよ、あいつに……)
 やだ、やだ!! あんな奴に従うなんて絶対に嫌っ!!!
 ──私は、くじけそうになるもう一人の自分自身の声に、必死に逆らった。
 でも、この声も結局は、自分自身なのだ。
 これは、私がひどく落ち込んだときによくやる癖──子供の頃の一人遊びみたいな一人問答だった。
 問うのは私、答えるのも私──片方は絶望に捕らわれ、もう片方は必死にプライドにしがみ付き……私の心の中で、せめぎ合っていた。
(あんな事されて……いやらしい事いっぱいされて……元に戻れるとでも思ってるの?)
 ……っ!!
(あいつは……あいつは、私の身体を開発する、って言ってた……もう私は、昔の私じゃないのかも……)
 違う……違う!!!
(ねぇ、もう諦めようよ。きっと、誰かが助けにきてくれるよ……だから、それまでは抵抗しないで……)
 なっ、何を言うのよ!!
(だって……気持ち良かったじゃない。結局はさ。彼の指も、筆も、舌も……)
 やっやめてっ!! そんな事、思い出させないでっ!!
 ──その思いも空しく、私の脳裡にあのときの感触が蘇ってくる。
 や、やだ、やだ、やだぁ……
 ──私の身体は総毛立っていた。想像するだけで、身の毛がよだつのだ。
「ん、んん!!」
 ……!!!
 とろ……
 私は驚愕していた。今の想像だけで、私のそこは……
「ぃゃ……いいや……いや、いや、いやぁぁぁああああああああああっ!!!!」
 襲いくる疼き。強烈に快感を欲しがる身体。
 私はただ、固く膝を抱えて泣くしかなかった。
 そうしないと、もっとも恥ずべき行為をしてしまいそうだったから……。



 膝を抱えて震える有希の様子をモニターで眺めながら、僕は次の調教の支度を進めていた。
 そろそろ、有希の処女を頂くとしよう……。
 感度を引き出す調教を優先させるには、破瓜の痛みはマイナスだ。
 だから、最初の挿入でも、ある程度性感を感じるようにしておかなければならなかった。
(だが、それももう十分だろう……)
 後は、有希に自分から、処女を奪うように言わせたい。
 今までの調教は、その為の布石の意味も持っていたのだから。
(さて、どう追い詰めるか……)
 見たところ、有希の精神力は並外れて強靭のようだった。まだまだ陥落するとは思えない。
 自分が感じている事を認めさせ、自分から処女を奪わせて、その後でもう一押しが必要だろう。
(まずは、有希が眠るのを待つか……)
 有希の側に置いておいた食料には手をつけていなかったが、ジュースの量は減っていた。
 あの中には、睡眠導入剤が混ぜてある。
(くっくっく……)
 何も知らずに、膝を抱えたままの有希。
 彼女が睡魔に襲われたのは、それから数分もしない時だった。



(あれ……)
 不意に、眠気が有希を襲ってきた。
(どうしよう、なんだか、眠い……)
 有希の頭が泳ぎ始める。
(ベッ……ドに……)
 有希は部屋の隅に置いてある──辛うじて鎖が届く距離にある──ベッドに向かう事にした。
 ふらふらと立ち上がろうとするものの、その足取りはもう千鳥足だ。
「ふ……」
 ぽふ、と、有希はベッドに倒れ込んだ。と同時に、強力な睡魔が襲ってくる。
(…………)
 今までの劇的な環境の変化、卑劣な数々の調教、拘束され続けた身体──有希の疲労は頂点に達していて、彼女の眠気に拍車をかけた。
 有希はそのまま、深い眠りに落ちていく。
 心地よいベッドの柔らかさが、彼女にとっての、唯一の救いだったのかもしれない。



「……さて、と……」
 僕は有希が眠ったのを確かめて、席を立った。
 地下室への階段を辿り、そっとドアを開く。
(まぁ、あれで寝た振りということはないだろうけど……)
 案の定、有希はベッドにうつ伏せに倒れたままだった。
 そっと彼女に近づき、頬を叩いた。
「ん……、……」
 目覚める気配はない。上手く薬が効いたようだ。
 僕はニヤニヤと笑いながら、有希を抱き上げ、拘束台へと運んでいった……。


 後2〜3話、つづいていいですか?